とらうま

誰かに徹底的に心酔したい、という願望があるのです。

手の届きにくい遠い存在のアーティストとかじゃなく、身近にいてとても尊敬出来る人。

でも愚かな私は、人は完璧ではないとわかりつつも、ちょっとそれらしい人を見つけると、完璧であってほしいと願ってしまう。

そして、理想と現実のギャップに打ちのめされてまた、人間不信になってしまったりする。

コトのはじまりは、大学時代に遡ります。

2年になると、それぞれ専攻する研究室に配属されるのですが、私が入った研究室の教授は、地元が生んだ声楽界の元スターでした。
御自身に、『世界の頂点を見てきた』という強い自負があって、自分の音楽性に絶大な自信をお持ちの教授でした。

本来、学ぶ側にとって重要なのは『何を学ぶか』であって、『誰につくか』ではないはず。

でも、ハタチそこそこの浅はかな私は、そんなスーパースターに教えて貰えるコトが誇らしく、それがプライドになっていました。

彼の為なら黒いモノも白だと言い、プライベートな時間を散々割いて山登りやらドライブやら飲み会やらにお供をし、教授室のピアノの上にはいつも綺麗な花を絶やさないように気を配る毎日。

挙げ句、彼が認めない音楽ジャンルは、自分もエラソーに批難しはじめる始末。

今思えばおバカな話ですが、当時は必死でした。

ある日、とあるアスリートの「自分を褒めてあげたい」という発言について、彼は「一流ならそんな発言をすべきではない」とおっしゃいました。
私はついウッカリ、「でも、その発言に感動して勇気づけられた人がたくさんいるんだから、一概には言いきれませんよ。」と呟いてしまいました。

私の言葉に対し、彼は「俺の考え方が間違いだと言いたいのか!」と怒りだしました。

その瞬間に、私は洗脳されていた事に気がつきました。

何かをディレクションする立場にある人は、その発言や人間性が、周りに与える影響力を持つと言う事を自覚しておくべきだと思います。

自分の意思できちんと判断出来る人ももちろん沢山いますが、若すぎたり、無知だったり、心が弱っていたりすると、そういう影響力に流されてしまいます。

私たちはディレクションする時、学ぶ側が選べるだけの選択肢を用意しなくてはいけないと思います。

「勉強するのは、人生の選択肢を増やす為」と、かつて母に言われました。

たくさん勉強して、納得のいく選択肢を選びたいものです。

でもそうやって勉強していくなかで、「この人!」って思う人に出会うと、ついつい洗脳され気味になる弱い自分は、やっぱりまだまだ未熟者だなぁと思い知らされるのです、、、

(:_;)


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