それって、やっぱりヘンだよ

過去の記事『巴里の丘に吹く風・その2』での疑問点が一応、解決した。

Mon oreille est un coquillage
Qui aime le bruit de la mer.
「私の耳は貝の殻 
 海の響きを懐かしむ」
この英語訳、
My ears are shells,
fondly hearing the sound of the sea.
は、誤訳である、と。
やはり、正しくは
My ear is a shell
だそうだ。

なんか違うんじゃないの?と思いつつも自分の英語とフランス語の認識への自信の無さから、結論を出せずにいたが、すっきりした。

中学校の時の英語の授業で、「耳は通常2つで一組だから、earはたいていearsと複数形で使われます。」と習った。
私はこの記憶のせいで、結論が出せなかった。

ところで、海で巻貝をひろって、耳に押し当ててゴーっと言う音を聞いた事があるだろう。
その時使用した耳の数は?
おそらく殆どの人が、片方の耳にだけ押し当てていたはず。

この詩のoreille(耳)が単数形なのは、こういう情景からではないだろうか?
海でひろった貝殻を持ち帰り、海とは遠くはなれた場所で耳に押し当てて、ゴーっと言う音を聞きながら、波の様子や潮風の匂いを思い出す・・・
何度も聞くうちに音は耳の中に記憶され、貝と耳は一体化した様な感覚になったのでは?

こういう時、人は決して両耳に巻貝を押し当てたりはしていないはず。国や文化が違ったって、きっとそうだと思う。
両耳に押し当てるのは、欲張りなガキ大将が子分の貝も取り上げた時くらいだろう。
まさか、英語文化圏に「耳に貝を押し当てるときは絶対に両方同時に」という決まりがあるとも思えないし。

つまり、この英訳をした人は、こういった情景を思い浮かべもせずに、単語の意味だけで訳して、慣習となっているから、耳を複数形にしたのだろう。おそらく、私の様な英語教育を受けた日本人が。
もしかすると、原文からでなく、堀口氏の日本語訳から英訳したのかもしれない。

しかし、この詩の解釈が、「幼い頃から海で育った自分の耳には、貝のように海の音がすっかり記憶されていて、いつでもなつかしく思い出せる。」とかいうのなら、コクトーも耳を複数形にしてたかもしれないが。

ランキングに参加しています。よろしければ、・・・ポチっと。

HEARTBEAT STUDIO

Voice & Vocal Direction 鶴見駅徒歩8分 プライベートヴォーカルレッスン、アンサンブルパフォーマンスのディレクション、イベント企画 etc..

0コメント

  • 1000 / 1000